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札幌高等裁判所 昭和34年(ネ)234号 判決 1966年2月28日

控訴人 石川きく

被控訴人 北海道知事

訴訟代理人 佐々木兼正 外三名

主文

原判決を取り消す。

別紙目録記載の土地につき、被控訴人が買収期日を昭和二三年七月二日とする昭和二三年一一月一五日付の買収令書を交付してなした買収処分は無効であることを確認する。

訴訟費用は、第一・二審とも、被控訴人の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、まず、被控訴人の訴却下の主張について案ずるに、これは補助参加人江刺忠一に本件土地の取得時効が完成したことを前提として、控訴人の本件訴の利益を争うものであり、その取得時効の起算点として補助参加人は昭和二四年八月九日を主張し、売渡を受けた本件土地の代金を同日完納したから、同日以後は所有の意思を以て占有するに至つたと主張するのである。後段判示のように本件買収処分は無効であるから、国が有効に所有権を取得したことを前提とする補助参加人への売渡処分も、従つてまた無効といわざるを得ないが、このごとを同人が明確に認識していたと認むべき証拠はないから、前記年月日に同人が所有の意思を以て占有するに至つた始め、本件土地が実は他人の土地であることについては善意であつたということができる。しかしながら、後段判示のように、同人の先代忠吉は、本件土壇を不法に耕作していたのであり、同人は、昭和二三年三月三〇日相続によつて先代の地位を承継した(この点は、当事者に明らかな争いがないから、自白されたものとみなす。)ものである。そして<証拠省略>によれば、同人は、江刺父子に対して何度も土地の返還を求めていたことが認められ(当審証人江刺忠一の供述は、これに反する趣旨では、措信しない。)、江刺忠一自身も、本件土地の小作には問題があると感じていたこと、当審における同人の証言に見られるとおりである。このような事情のもとにおいては、同人は前示占有の始め善意であつたことにつき過失があつたというを妨げない。従つて、同人の主張する一〇年間の占有を以ては取得時効は完成するに由なく、結局、訴却下の主張は、採用できない。

二、そこで、進んで本案について判断する。

本件土地が控訴人の所有であつたこと、および本件土地の買収令書が控訴人に交付されるまでの経緯については、当事者間に争いがない。

控訴人は、本件土地は不法耕作地であるに拘らず、これを小作地と認定してなした被控訴人の買収処分には、重大かつ明白な違法があつて、無効であると論じ、被控訴人はこれを争うので、この点について証拠を按ずるに、

(1)  昭和一七年春頃から、前記補助参加人の相続時まで本件土地を訴外江刺忠吉が事実上耕作していたことは当事者間に争いがない。

(2)  問題は、その権原であつて、被控訴人の主張によれば、昭和一六年秋頃訴外大渕金平の仲介により、控訴人の夫である石川遂がその代理人として忠吉との間に賃貸借契約を取り結んだ、というのであり、<証拠省略>は、これに副うものである。

(3)  しかしながら、(イ)石川遂自身は忠吉を知らぬと供述していること(当審第二回証言)(ロ)同人は昭和八年家出してから同一九年の帰郷まで、継続して東京に居住就職しており、その間一度も帰郷したことはなかつたこと<証拠省略>(ハ)忠吉自身作成したと認められる書面によれば、同人は昭和一七年一二月に至つて直接東京在住中の控訴人あてに本件土地耕作中の事実を告けているが、石川遂との締約の事実を窺わせる形跡はないこと(成立に争いない甲第一五号各証)(二)口頭契約との主張と書面を作成したとの大渕証言(原審第一回)とが齟齬するのみならず、その契約書は紛失したと称せられていること(当審今野久寿証言)(ホ)小作料収受の証拠は全くなく、むしろ控訴人が受領を拒絶したため供託されたことがあつたこと(原審控訴本人供述)これらの諸事実がそれぞれ認定しうるのであつて、これらを総合して前記締約についての大渕証言と対照すると、石川遂が契約当時斜里に帰郷していたことを根幹とする右大渕証言は、これを措信することができない。従つて右契約の成立は認定できない。

(4)  かえつて、(イ)訴外青木文吉が本件土地を昭和一四年から同一六年秋まで控訴人から賃借して耕作していたこと(当事者間に争いがない。)(ロ)前記大渕は右青木の義兄であり(原審大渕第一回証言)、また、控訴人の父石川吉次の小作人でもあつて(同第二回証言)青木の小作したのは大渕の仲介によるものであつたこと(当審控訴人第二回供述)(ちなみに、原審、当審における大渕、青木の各供述によれば、「転貸」というのであるが、右(イ)のように「賃借」につき争いない以上、参酌しえない。)(ハ)青木から江刺忠吉には本件土地上の畜舎および種いもが譲渡された事実があること(原審青木供述およびこれにより成立を認めうる甲第一〇号証)(二)前記忠吉から控訴人あての書面には「御本家様並大渕金平氏より」の連絡を云々している部分があること(甲第一五号証の二)(ホ)当時忠吉は、別に小作していた訴外神田鉄三郎所有の畑につき神田から返還要求を受けて調停の申立中であつたこと(当審神田鉄三郎証言)(ヘ)前記(ハ)の畜舎および種いもの譲渡は借地権の譲渡をも伴つた趣旨と見うること(当審今野久寿証言により成立を認めうる乙第一号証)これらの諸事実を認定しうるのであつて、これらを総合すると、青木の返地に際し、大渕は、当時土地を捜していた江刺忠吉に仲介し、その結果青木から江刺忠吉に借地権譲渡がなされたが、これに関する地主の承諾としては、大渕は控訴人の父石川吉次に報告して了承を求めたに止まり、控訴人夫婦には報告しなかつたものと推認するのが相当である。そして、控訴人は、その東京在住中、自己所有地については、小作料の収受程度のことを父吉次に依頼したに止まり、それ以上の事項については、毎年一回位帰郷して自ら処理するのを例としたこと、その原審および当審第二回供述により明らかであるから、石川吉次がかりに了承していたとしても、その故に控訴人の代理人として有効な承諾があつたと見ることはできない。

(5)  かようにして、江刺忠吉は適法な賃借人ではなかつたのであるから、同人の地位を承継した相続人江刺忠一についても貸借権は認められない。従つて、本件買収当時、本件土地は適法な小作地ではなかつたといわねばならない。

(6)  被控訴人は当審における新主張として、忠吉が大渕金平から転借したものであり、これにつき控訴人の承諾がなくとも自創法上の小作地の性格は失われないと論じるが、<証拠省略>によるも右のような転借の事実は認めることはできないから、右の議論は、前提を缺くもので採用できない。

三、次の問題は、このような非小作地の買収が、行政処分として重大かつ明白な瑕疵を包蔵するか否かであるが、自創法第三条第一項第三号の買収は、同条項の要件である「小作地」に対してなされるのであるから、右の瑕疵が重大であることは殆ど言説を要しないが、その誤認の故に買収という処分内容が実現不能となるわけではないから、これのみで、処分の当然無効を来すとは言い難く、更にその瑕疵が明白であることを要する。そして、この点につき、被控訴人は当番において、買収計画樹立時まで既往七年間の江刺忠吉の耕作の事実および青木文吉、大渕金平の態度を指摘し、「明白とはいえない」と論ずるのである。

案ずるに、<証拠省略>によれば、農地委員会としては、小作地であるか否かについて、地主側を調査せず、小作人を集めて調査したのみであつたことが認められるのであつて、このような調査方法を是認すれば、本件土地が非小作地であることは判明し様がない。そして、戦後における自作農創設事業の規模と態様(これらは裁判所に顕著である。)に想倒するとき、右のような調査方法がとられ、それによつて買収計画が樹立されたとしても、それを一概に非難することはできない。

しかしながら、<証拠省略>によれば、控訴人は買収計画樹立に先立つ時点において既に、農地委員会に対する書面を以て、江刺忠吉による本件土地無断耕作の事実を訴え、土地明渡への尽力を願つている事実が認められるのである。このような場合においては、一般の調査方法に満足することなく、少なくともその土地については、当該地主本人の言分をも詳細に調査した上で、買収計画を樹立すべきものであり、換言すれば、かような書面が存在する以上は、農地委員会は、本件土地が非小作地であることを知りうべきであつたのである。村民中に「江刺の耕作は権原がないのではないか。」と疑う者があつたことは、当審証人近藤明の証言によつて認められるところであるが、かりに、他の一般人には不明であつたとしても、買収計画を樹立した農地委員会につき右のような事情があるときは、本件瑕疵は客観的に明白であつたと解するのを相当とする。

故に、本件買収処分は、重大かつ明白な瑕疵があるから、当然無効であるといわねばならない。

四、従つて、その余の控訴人主張について判断するまでもなく、控訴人の本訴請求は正当であり、本件控訴は理由がある。よつて原判決を取り消し、控訴人の請求を認容することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤淳吉 臼居直道 倉田卓次)

物件目録<省略>

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